あめんぼ座の活動

あの名戯曲を朗読劇化します!

菊川徳之助演出・井上ひさし作「 頭痛肩こり樋口一葉」

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出演

柳沢佐和子 柏原圭子 西野孝子 泉谷聖子 南数美 藤田雅子 真木美佐緒 鬼頭寿美子 山本郁美

スタッフ
演出:菊川徳之助
照明:新田三郎
衣装:秋本日砂衣
美術:尾崎閑也
制作:柳沢佐和子
あらすじ
夏子(一葉)は樋口家の戸主として、一家の責任を一手に引き受けて、母多喜、妹邦子とともに暮らしている。多喜の主筋にあたるお鑛、樋口家に引き取られて成長したお八重、そして謎の女との交流を、夏子21歳から、死後2年目までのそれぞれの盆の16日を舞台に描く。仕事への野心、淡い恋心をも押し殺して、生計を立てるべく奮闘する夏子を、作者井上ひさしはあたたかいまなざしで見つめる。そして夏子があれほど渇望した自由を、現代の私たちはつまらぬことに浪費してはいないかと重く問いかける。

大丸心斎橋劇場までの案内図
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★大阪市営地下鉄より
御堂筋線心斎橋駅、長堀鶴見緑地線心斎橋駅より徒歩5分
 戯曲のせりふを朗読でやってみる・・・ :菊川 徳之助(演出)

五千円札の樋口一葉ではなく、小説家・樋口一葉へのイメージは、暗い、受身的な、そして苦労を重ねた女性像であると思っていたが、それとは違った新しい樋口一葉を造形したと思われる作品に出合った。井上ひさしの戯曲「頭痛肩こり樋口一葉」である。それを朗読劇団「あめんぼ座」でやることになった。「朗読は、あくまで、文字で表現されたものを声に出して読み上げるものである。それを観客が聴いて想像する。聴覚的芸術である。芝居は、観客が役者のせりふを聞き、仕種(しぐさ)を観る。加えて、舞台装置や照明、音響などで示される世界を感受する。聴覚と視覚を含めた総合的な芸術である。しかし、語り、演じることへの素敵な飛び立ちは、その人のインスピレーションを含む人間性や思考性にあるとすれば、朗読の語りも芝居のせりふも、両者とも共通したところに根幹があるといえる」といった意味のことを書いたことがあるが、昨今は、朗読の語りと芝居のせりふとは、かなり違ったものであることを深く感じている。私は舞台の審査作業もするが演じる方もする。朗読は審査するが、演じる(語る)方は、行なわなかった。ところが、昨年と今年、市民劇団で、自ら朗読したのである。すると、語りとせりふの間には、大きな差があることが身に滲みて解かった。語りには、小説がよく合うが、戯曲のせりふはどうも合わない。「あめんぼ座」は朗読劇団である。劇作家の戯曲を朗読舞台にすることになったが、戯曲は、語りではなくせりふなのである。当たり前である。しかしながら、今一度、朗読の語りと芝居のせりふとを重ね合せるところでイメージしてみたい。戯曲のせりふを語りとして舞台に上げたいという<実験的な挑戦>の気力は強くあるのだ。が、さて、実際の舞台は・・・? 

演出家プロフィール

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演出家。元近畿大学舞台芸術専攻教授。日本演出者協会理事。関西朗読コンテスト・古典の日記念朗読コンテスト審査委員長。京都西陣創造集団アノニムで演出・役者。「新派喜劇」と名乗る大衆演劇の座長であった父親の影響で子供の頃から演劇に親しむ。大学の演劇部に所属して、卒業後劇団の養成所で訓練を受け、仲間と劇団を創立するが五年で解散。その後、現場を退き演劇評論家へ。だが、創造現場が恋しくなり、演出家として再出発する。 実践(演出・役者)、評論、研究の三足の草鞋を履く。



第39回京都演劇フェスティバル(京都府立文化芸術会館)での
劇団あめんぼ座中島敦作「山月記」は大好評でした。

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